上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
- --/--/--(--) --:--:--|
- スポンサー広告
-
-
復活するや突然のSyrup16gです
そして突然の『リアル』です
深い意味はないです(断言)
順番にやれれば良かったのですが『翌日』は難解そうだったので……
逆に『リアル』は簡単そうだったので……
まぁね、無理は良くないからね
徐々に慣らしていきたいよね
命によって俺は壊れた
いつかは終わる そんな恐怖にのっけから言うのもなんですが、個人的にあまり好きではないフレーズ
ほら、誰でも一度は死ぬことを想像して怖くなるじゃないですか?
あれを思い出しちゃうんですよね
ぶっちゃけた話が厨二臭いというか
でも命によって俺は救われた
いつかは終わる それ自体が希望ですが大体厨二の想像が答えを出せずに終わるのに対し、五十嵐さんはきっちり結論を出してます
アカギ風に言えば「死ねば助かるのに」ってところでしょうか
逆説ではありますが、死の恐怖を回避するのに最も有効な方法は「死」そのものなんですよね
お前にこの一生を捧げよう
必要なくなって 見捨てられるまで「お前」が差すのはリスナーでしょうか、あるいは音楽そのものでしょうか
いずれにせよ死への恐怖を乗り越えた五十嵐さんは、命を捧げることに迷いはないようです
死ねば助かると思っているぐらいですからね
許しがたいまで腐りきった
魂は水で 洗い流して「魂を洗い流す」というのは、恐らく自分の心情を音楽へと昇華することを指しているものと思われます
ということは先ほどの「お前」が差すのはリスナーってことですかね
圧倒的な存在感
生身の感情の表現
すべての言葉 しっぽ巻いて
逃げ出すほどのリアル「圧倒的な存在感」は「死」そのもののことでしょう
それを前に感情は剥き出しにされ、言葉などはなんの意味も持たなくなる
そしてそれは誰しもに平等に訪れ、逃げることはできないのだ
しかし、だからこそ立ち向かう必要がある
言葉が無意味であろうと歌にしたのは、表現者としての覚悟でしょう
「一生を捧げる」と言ったほどですから
遠いよ みんな遠いよ
本当のリアルはここにある先に厨二の想像じゃ答えはでないと書きましたが、何故かと言うと恐怖に負けてしまうからです
考えても考えても良い方に転がらないし、忘れちまった方が楽じゃね?ってな具合に
そして「そんなことを考えるのは無駄」なんて言って見えないフリをするわけです
ですが五十嵐さんはそれに待ったをかける
違うだろうと、生きてる限り「死」は消えないだろうと
「死」を真正面に捉えずして何がリアルだと言いたいわけです
必死なのはかっこ悪くない
むしろその逆
笑っていた
感じられること
すべてを喜びに変えろここも最初に聞いた時は好きでなかったフレーズ
「必死になれよ」なんて体育会系だなぁなんて思ったりしたのですが、勘違いでした
これ多分「必ず死ぬ」ってことですよね
死ぬのは格好の悪いことじゃないさ、と
じゃあそれは何故かって言うと、「死」があるからこそ「生」に意味が生まれるからです
それは五十嵐さんが音楽を届けることに自らの一生を捧げたように
『
ファイト・クラブ』でブラピ演じるタイラーが「今すぐ死ぬとしたら、今までの人生をどう思うんだ?」なんて言葉を放ってますが、
死の直前に後悔したくないなら「感じられること すべてを喜びに変えろ」というわけです
そができれば格好良い「死」ですよね
妄想リアル もっとそうリアル死ぬことを忘れたあんたらのリアルは妄想だと
もっとリアルに生きろよ、そしてリアルに死ね、と
刻みつけるように繰り返されるのが印象的なフレーズです
一言で言うなればこの歌の骨子は「メメント・モリ」ですね
Cメロのくだりは「カルペ・ディエム」の要素も入ってきていますが
五十嵐さんの死生観はそのあたりに通ずるものがあるのでしょう
そう言えばカート・コバーンは「だんだん消えていくくらいなら、激しく燃え尽きた方がましだ」と残して自殺しましたけど、
やはりアーティストは「細く長く」より「太く短く」って方が多いんですかね?
手放しで褒められるわけではないけど、それでも意味なく生きるよりは意味を持って死ぬのに憧れを感じます
【送料無料】 Syrup16g シロップ16グラム / Mouth To Mouse 【CD】
スポンサーサイト
テーマ:歌詞 - ジャンル:音楽
- 2014/01/15(水) 23:51:19|
- 未分類
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0